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バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

パタヤ・ビーチの物売り達

              ≪八月三十一日≫     ―燦―



  さっきイスを勧めてくれたおばさんも、店の奥に引っ込んだま

ま出て来ようともしない。


 どうやら我々がバスを待つ人達と同じ目的で、座っているらしいこと

に気がついたのは、一台のバスが店の前に停まった時だ。



  タクシーの運ちゃんも、店の女主人も、我々がバンコックに戻

るバスを探していると勘違いしていたようだ。


 そうとは知らず、随分と長い間、静寂の時間を持ったものだ。



  やっとの思いで、重い腰を上げて、旅のガイドブックを片手

に、これが最後だとばかりにいろんな人に聞きながら、辿り着いたのが銃砲

店。


 銃が所せましと並んでいる。


    俺   「おじさん!この銃いくら?」


    おじさん「あんたら、日本人だろ!日本人に銃は売れないん

           だ。買ったところで、日本には持って帰れないんだ

           ろ。」



  日本にもなじみがありそうな、種子島銃のような古い銃も飾っ

ている。


    W君「やっぱり、400バーツ使っても、島へ渡るべきだったかな

        ー!」


    俺 「観光で来てるんじゃないんだからな。」


 銃は諦めて、パタヤ・ビーチに戻ることにした。



                  *



  動きすぎて疲れた。


 青い海に、白い砂浜、南国らしい木々が作り出す、涼しそうな木

陰・・・・、ビーチが日本のように人込でごった返す事はない。


 背後には、あんな大きなホテルが林立していながら、観光客の姿が白

い砂浜を歩いているのを見ることはない。


 どういう事なんだろう。


 季節外れなのかな。



  海には、水上スキー・モーターボート・ヨット、陸にはレンタ

サイクル・貸馬・オートバイなども貸し出されている。


 こんな所で、イスに寝転びながら、陽射しを浴びて、青い空に浮かぶ

白い雲をのんびりと眺める事が、出来たらどんなに良いだろう・・・・・・

と、日本でいるとき夢に見た情景が今目の前にある。


 人間と言うものは、そう自分に言い聞かせても、そしてそれが現実な

ものとなったときも、”俺は今、天国にいるんだ。”と言う認識は、なかな

かもてないものだ。



  砂浜に並べられているイスに腰を下ろした瞬間、後ろからおば

さんの声がした。


    おばさん「ハーイ、バーツ!」


 振り返ると、地元の人だろうか、おばさんと子供なのか小さい女の子

が立っていて、手を前に出しているではないか。


    俺   「何?人の気配もしてなかったのに、いつの間に来て

          たんや!」



  その事が、どんな意味を持っているのか、理解するのにどれほ

どの時間も要らなかった。


 そのおばさんの言い分はこうだ。


    おばさん「そのイスは私達のものだから、5バーツ(75円)払っ

          て!」


 理解した時はもう手遅れだった。



  つまり我々は、罠にかかった獲物という訳だ。


    俺   「本当に・・・おばさんのものなの?」


    おばさん「そうだ。」


 彼女達にとって、このイスは生計を立てるための大切な物であるらし

い。


 毎日毎日、こうしてイスを砂浜に置いておいて、誰かが座るのを遠く

でジッと、待っているのだ。



  天国からすぐ現実に戻されてしまった訳だ。


 5バーツのために、この長椅子を諦める訳にもいかず、しぶしぶ5バー

ツを手渡すと、重い身体を横たえた。


 しかしその静寂も、そう長くは続かなかった。


 観光客相手の物売りの出現である。



  アーミー服にツバの丸い帽子、肩から下げられているバッグ

が、我々の前に現れた物売り集団の(四、五人)一様のファッションだっ

た。


 その中の一人(十五、六歳の少年)が、俺の前にひざまずくではない

か。


 親しみやすい笑みと巧みな話術で、我々の興味を引いて行く。



  バッグから取り出されたのは、小さな箱にきれいに並べられ

た、大小のダイヤモンドだった。


 もちろん、イミテーションだ。


 ダイヤモンドを取り出す。


    少年「これは、本物だ!」


 手にライター用のオイルを取り出し、火をつけて、その中にダイヤモ

ンドを投げ込み、そのうえでコインでそのダイヤモンドを挟み込み、高熱で

もびくともしない事を証明して見せるのである。


 叩いても見せる。



  そして、傷一つ付いていないと笑って見せる。


    俺 「ダメだよ!それ、イミテーションね。」


    少年「ノー!イミテーション!」


    俺 「ダメダメ!騙されないんだから!」


 少年はそれにもめげず、ダイヤを手の中に入れて、それを我々に覗か

せて輝きの美しさをアピールしてみせる。



    少年「これは私の父が、ビルマの山奥で採取してきた物

          だ。これを特別に安く、お前に譲ってやる。」


 身振り手振りで売りつけてくる。


    少年「お前の友達(日本人)もたくさん知っている。この金は

        (日本の硬貨)その友達に貰った。皆、喜んでダイヤを買

         ってくれた。だからお前も買ってくれ!」



  時々使う日本語も、彼らの商売道具。


 この日は観光客もいなく、集中攻撃の的にされたのには参ってしまっ

た。


    俺「俺はここへのんびりする為にやってきたのだ。うるさいか

        ら、買う気もないから・・・・あっちへいけ!」



  レンタ・バイクで走り回り、射撃場を見つけるために奔走した

が、スコールに出会ってしまう。


 ダイヤ売りの少年に会うわ、イスで商売されるわ、天国から地獄へと

落としてくれたパタヤ・ビーチでの三時間二十分だった。


 肌寒かったせいで、泳ぎもせず。


 片道400バーツと聞かされ、射撃をさせてくれるという島にも行かずじ

まい。


 一体我々は、何のためにこんなに遠いパタヤまでやってきたのか。



    W君「まー、良いじゃない。きれいな海を見れたのだか

           ら。」



                    *



  パタヤを離れるとなると、覆っていた雲が切れ、強烈な太陽が

顔を出した。


    俺「なんという事か!」


 バス・オフィスでチケットを確認して、コーラを乾いた喉に流し込ん

でいると、例の物売り少年が近づいてきた。


 ほとんど価値のない石に、大金を投じてくれた日本人に御礼の意味も

あったのだろう。


    少年「友達!友達!」


 と、きたもんだ。



  午後4時、バスが動いた。


 バスの中は相変わらず客は少なく我々を含めて六人。


    俺「こんなんで経営が成り立つの?」


 疲れが襲ってきたのか、ほとんど眠っていたようだ。


 目を覚ます頃、外はもう闇が広がっている。



  人家の明かりも、外灯の明りも見えない。


 対向車のライトだけが、鈍く光って遠のいて行く。


 それでも、額を窓にくっつけて外を見てみると、人らしい影が僅かに

見ることが出来た。


 星の見えない夜、バスは一路バンコック市内へとひた走る。



  バンコックまで17Kmと書かれた標識を、右折して暫く走ると市

内である。


 闇の中にネオンの数が増えて行く。


 そんなネオンを見てホッとするのだから困ったものである。


 ホテルに戻り、仲間の顔を見てホッとする。


 ひと息に飲むビールは最高だ。


 疲れのせいか、酔いも早くすぐ体の力が抜けてくる。


 天国へと駆け上って行く自分の姿が見えるようである。


 長い・・・長い、一日だった。



  八月、最後の夜が過ぎて行く。


 このままベッドで静かに目を閉じれば・・・・どれだけ気持ちの良い

ものか・・・等と思いながらペンを走らせている。



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